2013年11月28日

国境

 ある日、ジェニーが訓練を減らして欲しいと言ってきた。
「夜間潜水を土曜日だけにして欲しいのよね」
「なんでだ」
「夜の海、平気になったわ、怖くないわよ。週に1回で十分でしょ」
「う〜ん、いいだろう」
「あと、お願いがあんのよね」
「今のだってお願いじゃね〜か、何だ??」
「今のは提案よ。今度はお願い。訓練を4時に終えて欲しいのよね」
「バカか、ダメに決まってるだろ」
「1時間早く始めればいいじゃない」
「何言ってんだ。最初の頃は7時までやってたろ。本当は、5時終わりじゃないんだよ。本当は7時までなんだよ。お前の体力がもたないから5時にしたんだろ」
「…………」
「何だ?? 何で4時に終わらせたいんだ??」
「…………」
「何で黙ってるんだ」
「大学に行きたいの。5時からの夜学に行きたいのよ」
「……大学?? 大学に行きたい??」
「少しずつ行ってんのよ。お金が貯まったら半年づつ行ってんの、単位を貯めてんの。そうやって貯めていって、いつか卒業するのよ」
「そうか……。どうして大学に行きたいんだよ??」
「私、妹と弟が8人居て、そのうち2人が障害を持ってんの。だから、彼らをケアーする方法を知りたいのと、本当は自分でケアーもしたいけど、稼いで、そのお金でケアーする人を雇いたいの。稼ぐにはこの国ではだめでしょ、だからあなたの国に行く。あなたと組んでサムライに教える。」
「何だ サムライって」
「日本の軍人よ」
「勝手に変な呼び方すんな。それで、日本の軍人に教えてから、どうすんだ」
「その時に、日本語を覚えて、教えられなくなったら介護士として日本で働く」
「…………、勝手に“俺と組む”とか“日本に行く”とか決めんな」
 心底驚いた。本当に心の底から驚いた。あまりにも驚いて、ぶっきらぼうな反応しかできなかった。ジェニーの人生設計は、“日本に行く”とか“サムライに教える”とか、到底無理ではあったが、ミンダナオ島で、その生い立ちで、この現状の中で大学に行って勉強しようとしていた。憧れとか願望じゃない。本当に大学に行こうとしていた。感服し、行かせてやりたいと思った。初めて金が欲しいと思った。定職がなく自分の生活を維持するのがやっとだったが、一瞬アフガニスタンに行って稼いでこようかとさえ思った。自分が何をするためにここにいるのかも瞬間的に忘れた。無論正気にはすぐ戻ったが、衝撃は大きかった。
「無理だ。毎日自分が5時にどんだけ参ってるかわかるだろ。あんな状態で大学行ったって勉強なんかできるはずがない」
「大丈夫よ。コーヒーを飲むと眠くならないわ」
「余力があんなら、訓練の強度を上げる。お前の体力に合わせて弱くしてんだ」
「……判ったわ。でも私はいつか絶対卒業する」
悲しみで一杯の気持ちを悟られまいとする横顔を見て、心が揺らいだ。自分の中にある普通の人間の感性なのか、ちょっとだけある、いい人の感性なのか、いい人と思われてみたい感性なのかはわからないが、訓練を1時間早く切り上げることにしてしまった。
「訓練は、4時までとする。だけど、お前がどんなに弱っても強度は下げない」
「イエス!!」 無邪気な表情で言った直後に私の気が変わるのを恐れたのかジェニーは、「帰るわ。明日の朝に申し込むからね、気が変わってもダメよ」と言い残し。“そそくさ”と帰っていった。

 この島にいる理由を考えると間違ったことをしていると思ったが、何かいいことをしているような爽快な気分にもなった。そして、その爽快な気分とは裏腹に、この日以降、国というものがどんどん判らなくなっていった。たまに日本に行った時、コンビニの横で座ってる若者に「お前は何してんだ」と聞くと、「大学生です」という。「何処の大学だ」と聞くと、聞いたその場から忘れてしまいそうな聞いたこともない大学で、「何を勉強してんだ」と聞くと、「べつに〜」と答える。
もちろんそんな奴ばかりではないんだろうが、もし万一日本とミンダナオが交戦状態になれば、俺はミンダナオの大学生を日本の大学生のために殺めるのか?? なぜ、コンビニの横にいる小僧のためにミンダナオ島で必死に生きる若者を殺めなければならないのか?? コンビニ君がたまたま国境の内側で生まれて、彼らが国境の外側で生まれたからなのか?? 国境って何だ 国って何だ 俺はいったい何を守りたいんだ?? 日本を愛してます。よく聞くけど、日本のどこをどうして愛してるんだ?? 他の国はダメなのか?? 生まれた国だから良くて、他はダメなのか?? 日本にだって外国にだっていいところ、悪いところあるんじゃないのか?? 俺は何を守るために20年も自衛隊に居たんだ?? 俺は、ここで何してんだ?? 
どんどん、判らなくなっていった。
posted by RBRA at 18:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 幹事長 伊藤祐靖
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