2016年06月02日

陸上自衛官の武器科職種OB会講演D

【日本建国の理念と自衛隊の活動】

そもそも、日本建国の思想は、神武建国の詔に記されております。
「夫(それ)大人(ひじり)の制(のり)を立て、義(ことわり)必ず時に随う。苟(いやしく)も民(おおみたから)に利(くぼさ)有らば、何(いか)にぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)わん。且(ま)た当(まさ)に山林(やまばやし)を披(ひら)き払い宮室(おおみや)を経営(おさめつく)りて、恭(つつし)みて宝位(たかみくら)に臨み、以て元元(おおみたから)を鎮むべし。上(かみ)は即(すなわ)ち乾霊(あまつかみ)の国を授けたまう徳(うつくしび)に答え、下は皇孫(すめみま)、正しきを養いたまう心(みこころ)を弘めん。然(しか)して後に六合(りくごう)を兼ねて以て都を開き、八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)と為(せ)んこと、亦可(またよ)からずや。」 
国の制度は、国民(おおみたから)が幸福になることを第一に考えなくてはいけない。天津神の御期待にこたえ国民が幸福になるために天皇は御位に臨む。国民は天皇と心を一つにして、天下に一つの家のような国(国家)を作り為すよう天皇と国民が共に努力しようではないか。「八紘為宇」という国民への呼びかけです。
聖徳太子が17条の憲法でいう『和をもって貴しとなす』も、明治天皇が5箇条の御誓文に記した『万機公論に決すべし』も、そして現在、『思いやり』『絆』等といっているのも全て八紘為宇の『和』の精神です。だから国の名も『大和』と定めたのです。

この話を、ISBAやCSBDのメンバーが英語、ドイツ語、ロシア語、フランス語に翻訳してネット上で拡散してくれています。
実は、ゴルバチョフ大統領が冷戦終結の時に言った言葉の中で、最も重要だと言われているのが「ヨーロッパを一つの家に」というスピーチでした。
彼らは、神武天皇の詔勅、「世界をひとつの家に」と言う意味の八紘為宇には非常に賛同を示しているのです。

こう考えていきますと、これからのグローバリゼーションの方向性をどうするのかという大きな課題の中で、世界の人々が、ポスト・グローバル資本主義を模索している段階と思いますが、実は、日本人は答えを持っているのではないかという気がしているのです。
実際、日本の自衛隊が国際貢献活動を始めて以来、殆どのケースで現地の人々からポジティブな評価を受けてきました。参加した自衛官は、皮膚感覚でそれを感じてきたと思います。少なくとも欧米の部隊がやってきた活動と日本の自衛隊がやってきた活動とは性格が本質的に違うと、世界中の人々が認識していると思います。
それは政府が戦略を練ってやった訳ではなく、日本人がそもそも持っている文化的性質、日本人の利他の精神、和を尊ぶ性質が現地の人々の為に出来ることを一生懸命に頑張ろうとする形で現れたからだと思います。
せっかく日本人はこうした文化を持って、実際に素晴らしい活動をしているのですから、自分たちの中にある優れた文化価値を自覚して、それを戦略化して、国の活動の方向として示したら良いのではと考える訳です。

私も、サマワでの経験などから、自衛隊は、他の国の部隊と違って、現地の人々のために真に貢献できる貢献活動をしてきたと感じました。
しかし、そうした自衛隊の活動が、日本の政治的成果として生かされていないことが、非常に残念でなりません。
自衛官が世界で実践していることを、日本人が持っている文化的ポテンシャルを、日本人のわれわれが自覚化する。そしてそれを理論化し、世界の人々に発信する。そういうことが本当の意味で、日本の安全保障にとって重用なのだろうと思います。

これから、自衛隊の海外での活動がより一層増えてくるわけですが、ただ単に日米関係を維持することだけが目的化しているのが現状ではないでしょうか。
活動の目的とそれによってもたらされる結果を深く考えずに、アメリカの要請であるから・・・、これでは本当に日本にとってプラスであるのかが不明瞭です。少なくとも、現在の米国のやり方は世界的に批判されることが多く、賛同されることは少ないようです。そのような活動に何も考えずに追随していくことは、長い目で見たとき、決して日本のためになることはないでしょう。

神武建国以来、「一つの家のような国家の創造」、という考えで国を運営してきたことが、『世のため人のため』という社会倫理に昇華し、無自覚で利他の精神を発揮できるまでに進化したのが日本文化です。
武士道精神とは、さらに自己犠牲もいとわず社会に貢献する崇高な精神です。
そして、それは、まさに現代のグローバル化した世界が必要としているものだと思います。
だからといって、これを厭らしい形で日本人は優秀で日本人にしかできない等と言う必要はありません。むしろ、謙虚な形で世界の人々の賛同を得ていくやり方がいいと思います。余り出しゃばるとアメリカが傍観しないでしょうから目立たないやり方が良いでしょう。
ただ、日本の伝統文化が、よりよい世界を作るために、日本の国際活動に活用され、自衛隊の活動が、日本と世界の将来をよい方向に導いていく成果となって積み上げられる。そういうことが出来たら素晴らしいのではないかと考えています。

私はもうOBなので、直接には自衛隊の活動には関与できませんが、少なくともこういう価値観を、武道を通じて世界中の人々に一生懸命発信して、日本文化には、今世界にとって必要な崇高な価値観があるのだ、ということだけは、しっかり伝えていこうと考えています。(おわり)
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2016年05月30日

陸上自衛官の武器科職種OB会講演C

【神話にみる日本文化の源泉】

私はそこで「古事記」の話をしました。
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古事記の冒頭は、『天地(アメツチ)の初まり、高天原(タカマノハラ)に成った神の名は、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)』と書いてあります。
神道に、統一した解釈は無いのですが、一つの解釈として、宇宙の最初は、中心としてのエネルギーが成り顕れた。その中心エネルギーを天之御中主神とよんだと。中心が出来ると同時に、高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)と神御産巣日神(カミムスヒノカミ)が成り顕れた。
「ムスヒ」とは産霊とも書き、現代語で言う「むすび」です。つまり、何かを生み出す創造エネルギーのことをいうのです。高御産巣日神は膨張するエネルギー、神御産巣日神は収縮するエネルギーです。
ですから、神道の宇宙観では、中心と、中心へのエンルギーの集中、中心からのエネルギーの拡張によって、創造活動か始まったという考えです。

上の図に、トーラス・エネルギーのイメージ絵が書いてあります。中心が出来ると中心の周りをエネルギーが循環・還元するという宇宙の基本構造は、素粒子物理学でいっている宇宙創造のイメージで、日本神話のイメージも最新の素粒子物理学と全く同じではないかと話が盛り上がりました。
トーラスの形状を、中心へとエネルギーが入っていく方向から見るとブラックホールです。反対から見るとエネルギーが出てくるビッグバン状態になる。
武道では、これを陰陽一体といって、気エネルギーの循環としての一つの理合いです。武道では、心身の中心である丹田に気を充実させ、丹田を中心に気と力を循環・還元させるわけです。
最先端の科学と日本の武道がどう噛み合うのかと最初は心配しておりましたが、セミナーを通じて、参加者と色々な話をしながら稽古をしているうちに、CERNで実験している宇宙の真理を、武道では自分の心身を素材にして探求している。
つまり、個人も宇宙も、素粒子物理学の真理も武道の心理も夫々がハーモナイズされているのだということに参加者は興奮を覚えておりました。

武道セミナーでは、産霊(ムスヒ)についても少し詳しく説明しました。
ムスヒつまり「結び」と言う言葉は、日本では、例えば男女が「結ばれる」という具合に使います。男女が結ばれたエネルギー(霊)が子に成る。霊が男になるので彦(ヒコ)、霊が女なら姫(ヒメ)になる。また、「産す(ムス)」のが男子(オノコ)だとムスコ(息子)、女子(ヒメ)だとムスメ(娘)になる訳です。
武道にも「結び」があります。剣と剣を合わせることを「斬り結び」と言います。切り殺すとか、切り倒すという発想を越えた、「切り結び」と言う言葉には、戦いにおいてさえも、敵の殺傷ではなく共生と創造を託す思いがこめられています。

この様な武の考えの源泉は、日本神話の中の、「国譲り」という話の中にあります。
高天原の使者である武甕槌大神(タケミカヅチノカミ)、この神様は鹿島神宮の御祭神で、武の神様ですが、この武甕槌大神が大国主神(オオクニヌシノカミ)と国譲りの交渉をします。
このとき、武甕槌大神は、大国主神がウシハク統治すなわち私権による統治をしていることは宜しくない、天孫によるシロシメス統治、すなわち人々の心を知る統治が大切なのだという話をします。
大国主神はこれに納得します。しかし、息子の猛々しい建御名方命(タケミナカタノミコト)は賛同せず、武甕槌大神に戦いを挑んだのです。
いざ戦うと、武甕槌大神の武威は凄まじく、圧倒された建御名方命は、逃げに逃げ諏訪湖の湖畔に来て降参をしました。これに対して、武甕槌大神は殺すことなく、そこにお社を建てて建御名方命の武威を祀ったのが諏訪大社。それから日本で一番大きいお社である出雲大社を建てて、大国主神をお祀りした。ここには、勝った者が負けた者を尊び敬うという思想が出てくるのです。
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私は、ドイツでケルンの大聖堂を見ました。ケルンはローマの植民地でした。ローマ・カソリックの大聖堂の真下にはゲルマンの御社跡があり、それが発掘されて見学できるようになっています。つまりローマ軍が侵攻した時に、ゲルマン民族の神の社を潰して、その上に教会を建てキリスト以外の神を抹消していったのです。
日本では、全国に、その土地の神様、里の氏神様等天照大神系でない神様の神社がいっぱい残っています。つまり信仰上の排他的活動はしなかったという証です。
日本の武神は、戦いの後は相手を尊び、その尊厳を損なわず祀ったのです。これが、武士の礼といわれることの根底の発想になっています。

戦略論では、クラウゼヴィッツと孫子が有名ですが、この戦略論は、敵味方論になっております。
自分の価値に同意しない敵を排除するのが、今のグローバル・スタンダードのやり方、すなわちクラウゼヴィッツや孫子的な戦略論なのです。
これに対して日本の戦略論の代表である、楠正成の遺訓を見てみたいと思います。

兵を学ぶ法は、心性を悟り庶民を親愛するを上とし、計謀によって学ぶを中とし、戦術をむさぼり習うを下とする。〈中略〉
将に徳あるときは、敵の兵必ず我兵となり、敵の民我民となる。
将に智あるときは、敵の謀我謀となし、敵の利もまた我利となる。
将に勇のあるときは、敵の威我威となり、敵の能我能となる。 
この三徳を以て、明らかに方法を明察し、敵の謀に乗じて、却ってこれを覆す、これ名づけて上将の軍法とす。
中将は、自らその徳を積まず、その功を求め、ただ敵の謀を察し、その計略を欺き、我謀を多くして、敵を殺さんことを用いて、敵の生ずるところを知らず、十度戦いて十度勝と言えども、未だかつてその太平を知らず、これ中将の法なり。
下将は、ひとえに戦いを好んで、利を争い、士民を使うに怒りを以てし、人を従えるに専ら殺罰を用い、己の勢いを頼んで敵の智謀を悟らず。〈以下略〉
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正成が「上」としたのは、「心性を悟り庶民を親愛する」兵法です。つまり、庶民との調和です。ですから、「徳」、「智」、「勇」を「調和と均衡の徳」「調和と均衡の知恵」「調和と均衡の勇気」と読み替えてみると言わんとしていることがよくわかります。
調和と均衡をもたらす戦略により、敵の兵も、敵の民も、敵の謀も、敵の利も、敵の威も、敵の能力もすべて我のものになるということです。傑出した和の兵法です。事実、彼は、圧倒的に少ない兵にもかかわらず庶民の力をもって鎌倉幕府を倒しました。
「中」の将は、「調和と均衡」の考えがないものだから、十戦十勝しても、世の中を平和にできない。現在の米国を見れば、言い得て然りです。
「下」の将に至っては、調和どころか辺りかまわず対立をせっせと作るばかりで、結局は自滅することになる。

クラウゼヴィッツの戦争論も孫子の兵法も優れた理論でありますが、敵は敵、味方は味方という前提です。チェスと一緒ですね。敵の駒は終始敵の駒、味方の駒は終始味方の駒、ところが将棋の駒は取ると我が駒になりますね。死に駒が一つも無い。敵の兵も自分の兵になるのだと。敵の民は、我が民となる発想が日本の戦略にはあるのです。
これは、クラウゼヴィツや孫子より一段上の戦略的発想です。特に、今のグローバル化した世界で、敵は敵、イスラムは絶対ダメなんてやっていますと、永久に安定した秩序構築は出来ないでしょう。
だから、テロとの戦いは、どんどんエスカレートしている訳です。終わりが見えてこないのです。楠正成の軍法「敵をして、敵の民を我が民とする。」そういう考えを基にしないと現状の問題は解決しないでしょう。(つづく)
posted by RBRA at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 幹事 荒谷卓

2016年05月20日

陸上自衛官の武器科職種OB会講演B

【明治神宮至誠館館長としての活動】

 明治神宮至誠館では、海外から武道と神道の研修生を受け入れています。毎年1〜2名の海外門人に対し、奨学金を出して、1〜2カ月間、明治神宮至誠館で武道と神道を研修するのです。
その中で、昨年イスラエルから初めて研修生を受け入れました。その人は、イスラエル生まれの正統なユダヤ教徒です。
 彼は、オックスフォード大学の哲学博士で、大学で学生を指導していた非常なインテリなのでが、ヨーロッパの至誠館武道セミナーに参加して、日本の神道と武士道の精神性に強い関心を持ちました。そうして彼は、どうしても日本に行って、日本の神道と武道を勉強したくなったらしいのです。
 しかし、ユダヤ教では、ユダヤの神以外を信ずることは禁止され、神道も自然崇拝として否定されています。それでも、ジョナサンは日本の神社に行って研修を受けたくて、親族会議が開かれたそうです。そこで、アメリカ国籍で、先の大戦時、アメリカ空軍のパイロットとして従軍し、日本国内で墜落して捕虜として福岡の捕虜収容所に終戦までいたという伯父さんが、親族に対して説明した言葉は、「私は、アメリカ人として従軍したが、米国社会でユダヤ人は常に疎外感を受けていた。驚くべきことに、捕虜として日本での生活の間、そのような差別感を全く感じることはなく、自分にとって最も心の安心を得た期間だった。イスラエル以外で自分が受け入れられた社会は、日本だけであった。」というのです。この伯父さんの言葉で、親族の同意を得て、彼は研修に参加することを許されたそうです。
 彼本人も、ヨーロッパで暮らしても、アメリカに行っても、常にユダヤ人としての疎外感を感じるが、日本では心地よい受容の空気を感じるといいます。
 神道の祭典に参加した彼は、『信仰の義務付けが存在しない神道は素晴らしいと思います。これは私が今まで出会ったことのない宗教観です。神道では、厳格な規制や考え方が無いために幅広い多様性と自由が生まれるのです。』と言っています。
 また、彼は研修成果報告の中で次のように記しています。『日本の「調和」の精神は心を和らげてくれました。調和と共助の要素を持つ日本社会がどの様に構成されているのか、自分自身に問いかけてみました。私達は皆、恩恵を与えてくれた祖先に借りがあり、その借りを次世代に返す役割があります。この恩恵に対する「感謝のこころ」は伝統的社会では受け継がれていても、個人主義的な現代社会では失われています。日本の社会には「感謝のこころ」がしっかりと認識され、存在していることを知りました。この「感謝のこころ」が、日本だけでなく世界の国々の多くの文化で共感できる価値観だと、思います。この「感謝のこころ」を持つことによって、人々が同じ土台に立てるのです。』と。明治神宮での研修を期に、彼は毎年日本に来て、神道と武道精神を学び続けています。将来は、母国イスラエルと日本で半々の時間を過ごせるようにしたいと考えているようです。
 日本人の中にはこういう受容と和の文化が自然に根付いており、彼の伯父が言ったように、他者を排除しないという社会の空気があると言うことは、派他の外国人も皆、共通して指摘するところです。

 神道には教義のようなものは有りません。神社だけではなく、自然や祖先とのかかわりで、夫々の人が感じるものが神道であり、彼が感じたのが、彼にとっての神道となるのです。
 グローバル化した社会だからこそ、むしろ価値観の多様性を本当の意味で共用できる、お互いが尊敬を持って存在しえる日本の文化は重要です。
 神道では、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒であるかどうかなどということ一切問わないのです。神社がそうであるように、あらゆる人々条件を付けずに受け入れる。こういう受容性が非常に大事で、日本人が当たり前だと思っていることが、実はすごく特異で素晴らしいのだと彼は言う訳です。

 5年前に、ポーランドで至誠館武道セミナーを開催した時、イギリス人の参加者の方の親友がアフガニスタンで亡くなったという訃報が届きました。そのイギリス人は、非常に悲しまれ、セミナーへの参加を継続できないと言ってきました。
 至誠館武道のセミナーでは、開会式と閉会式は神道の祭典を執り行うため、常に神官が同行しているのですが、そのときのセミナーに同行していた明治神宮の神官が、「それでは貴方のご親友の鎮魂祭をやりましょう。」と提案したのです。
 次の朝、早朝にみんなが集まって、会場にある一番大きな木にしめ縄を張って、鎮魂祭を執り行いました。その時の神職の祝詞は、「かけまくも、かしこきキリストの大神の御前にかしこみかしこみも白さく・・・」と、亡くなった方が信仰していたキリスト様に鎮魂をお願いする内容でした。
 そしたら、そこに集まっていた約100名の欧州各国の参加者は、皆大感激なのです。こんなことがあるのかというぐらいの大感動なのです。インター・レリジョンとでも申しますか。宗教の境界を意図も簡単に乗り越え、鎮魂際を為しえたのです。
 それ以来、海外での武道セミナーで神官は、大人気です。
 また、祭典で使用した、しめ縄や幣帛を頂けないかなどと言う人もいました。
実は、ポーランドの人は90%以上がカトリックですが、カトリックに改宗する前のスラブの民族神話があって、その民族信仰の様子を描いた絵が残っています。その絵を持ってきてくれて、それを見てみると、木に縄を巻いて、神道の祭儀と同じ様なことを行っている絵があるのです。
 彼らのスラブ民族の祖先は同じ様な信仰行事をしていたのではないかと彼らが言い出し、だから神道の祭儀の道具をくれないかと。
 同じように、ドイツで神道の祭典を執り行ったときも、神道の祭儀はゲルマン人の森の信仰そのものだと言っていました。
 人類共通のエートス(ethos:一般に、ある社会集団・民族を支配する倫理的な心的態度のこと)があるというのは、そういう意味なのです。

 欧州においては、キリスト教の布教と近代の世俗主義によって社会の価値観が一転二転して、それまでの民族信仰は根絶やしにされてしまいました。彼らの元々の民族的価値観が、一体どのようなものだったのか分らなくなっているのです。それに比して、日本は、弥生時代からの信仰儀式をいまだに生きた信仰として守っている。そこに彼らは、価値と普遍性を感じ、ポスト・グローバリゼーションのトリガーになるのではないかと考えているのです。

 一昨年、ジュネーブで開催された武道講習会に指導者として呼ばれました。開催場所は、欧州原子力核研究機構(CERN)という世界最大の素粒子物理学の研究施設です。ジュネーブとフランスの国境に跨って地中に27Kmの超伝導のサークルを2本作って、超高速で原子を飛ばし途中で衝突させて原子を破砕し、素粒子を観察している実験場です。少し前に、ヒッグス粒子等質量のない素粒子を発見したことで有名です。
いまや、物理学は、ニュートン力学の時代は終わって素粒子の世界になっている訳で、その最先端の実験施設に、武道講習会の指導者として呼ばれて行ったわけです。
 この施設では、宇宙はどのように出来たのかということを実験的に証明しようとしています。大体今分っているのは、宇宙の最初には物質は無かった。つまりエネルギーのような非物質しかなかった。その非物質が高密度に凝縮したところで、ビッグバンが起きて、エネルギーが拡散していく中で物質が凝固し星が出来た。その物質は、一定期間経つとまた非物質に変換する。こういうことは、実験で証明されているそうです。
宇宙には、ビッグバンのようなプラスのエネルギーと、正反対のマイナスのエネルギーも有るのだと。マイナスのエネルギーとはブラックホールのようなものです。
 これは、ヨーロッパ人の人々にとって非常にショッキングな実験でした。特にキリスト教の信仰者やニュートン力学に閉じこもった科学者には、今まで正しいと思っていたことがどんどん否定されていく。非常にショッキングなことです。
さて、そこで何故私をよんだのかという話とかかわってくるのです。
日本の神道の宇宙観、自然観、人間観とはどういうものなのか、ということです。(つづく)
posted by RBRA at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 幹事 荒谷卓