2016年09月28日

拉致問題 国を動かすのも最終的には国民

葛城奈海


 北朝鮮が5回目の核実験をした今月9日の前日、都心のホテルで、政府と東京都の共催による「北朝鮮拉致問題の解決を願う都民の集い」が開催された。注目の小池百合子都知事も主催者あいさつに立つということで多数のメディアが詰め掛けた。会の後半に行われた北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」公開収録には、私も進行役として出演した。
 関係者あいさつで特に鮮烈だったのが、拉致被害者、増元るみ子さんの弟、増元照明さんが語気を強めて放った言葉だ。「人の命には限りがあるんです。それを忘れているんじゃないですか、政府は」
拉致事件が多発したのは昭和53年前後。以来、40年近い歳月が流れている。残る政府認定被害者12名に加え、警察が「拉致の可能性を排除できない失踪者」は800名超。被害者本人の加齢とともに、一日千秋の思いで待つ家族もくしの歯が欠けるように世を去っている。
 北朝鮮が拉致を認め、5名が帰国してから、はや14年。先月末、福井県敦賀市で開催された政府主催の拉致問題啓発映像上映会では、被害者の地村保志さん自身が、「帰国した14年前には、よく『地村さん』と声をかけられたが、そのようなこともほとんどなくなった。それだけ風化したのでは」と発言。司会の私もまったく予期しなかった発言に、地村さんの強い焦燥感を感じた。
14年と言えば、生まれたばかりの赤ん坊が中学3年生になるだけの歳月だ。結果として政府は、この間ただの一歩も事態を進展できなかった。その意味で、特定失踪者問題調査会の荒木和博代表が「都には国と連携はとってもらいたいが歩調は合わせないで」と言うのもうなずける。
産経新聞が8日の1面トップ(東京本社発行版)で報じたように、小池知事は、朝鮮学校調査報告書の都のホームページへの再掲載を指示した。さらなる果断な実行力に期待したい。
忘れてならないのは、国を動かすのも最終的には国民だということだ。被害者を取り戻せない現実に責任のない国民はいない。「人の命には限りがあるんです」。増元さんの言葉は他ならぬ私達自身にも突きつけられている。
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2016年04月26日

自衛隊による拉致被害者救出を議論せよ

28年3月31日 産経新聞「直球&曲球」掲載

葛城奈海

桜の季節を迎えた。しかし、何十年もの間、祖国の桜をめでることのかなわない同胞たちがいる。現憲法下で、拉致被害者救出に自衛隊を使うなどありえないと考える国民は多い。しかし、そうやって思考を停止する前に、考えてみてほしい。
クーデターなどで北朝鮮が騒乱状態に陥った場合、各国政府は自国民救出に動く。その時、日本はみすみすチャンスを逃すのだろうか。邦人救出には「当該国の同意」が必要とされるが、無政府状態になった場合はどうか。現に、フセイン政権崩壊後のイラクでは、国連の承認を得た代表部を「代行政府」と見なし、その同意を得て自衛隊は邦人10名の輸送を行っている。北朝鮮でも同様のケースに備えておくべきではないか。
折しも、今般の平和安全法制改定で、在外邦人等の保護措置が新設され、任務遂行型の武器使用も可能になった。救出へのハードルが下がったわけだが、いかに自衛隊が優秀でも情報や事前準備なしに任務遂行はありえない。法律上、自衛隊は外務大臣からの要請があって初めて救出にとりかかることができる。備えるとは具体的に、外務省が被害者の所在情報を収集し、その情報を元に自衛隊が救出に向けて訓練することだ。
5日、予備役ブルーリボンの会が開催したシンポジウムで、元陸自特殊作戦群長が世界各国の自国民救出の事例を紹介した。多くの国々が自国民とともに他国民も救出しており、日本人もそこに含まれていたのは意外だった。情けないことに、これまで日本は助けられる一方だったのだ。
同じ敗戦国ドイツは、1997年アルバニア暴動で、戦後初めてNATO(北大西洋条約機構)域外へ軍を単独派兵し、自国民とともに他国民も救出したことがきっかけで、軍事・安全保障でも独立した意思を持つ政治大国として国際社会に是認され、以後、国際政治の重要なプレーヤーになった。
「自衛隊も自国民保護という目的で世界の国々の人を救出する実績を重ね、北朝鮮での拉致被害者救出に備えるべきだ」。元群長の言葉が現実になったとき、日本は国家の尊厳を取り戻せるのではないか。
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2016年02月28日

日本の漁師が漁をできなくなった尖閣の海

28年1月27日 産経新聞「直球&曲球」掲載

いったいこの国に、国土や国民を守る気はあるのだろうか? 先月15日、石垣島の海人たちが、尖閣へ漁に行った。片道170キロの東シナ海を遥々渡って行ったというのに、ただの一匹も魚は釣れなかった。なぜか。尖閣諸島の2マイル(約3700m)以内に近づこうとすると、「日本人の上陸」を警戒する海上保安庁の巡視船やボートに阻まれた。それもあまりに近付くから、漁具を下ろしても魚がかかるはずもない。揚げ句、「中国公船が接近」してきたため逃げるように指示され、空身で帰ってきたのだ。
平成22年の中国漁船衝突事件への政府の対応、特に命懸けで国の尊厳を守った海上保安官たちの崇高な行為を、事なかれ主義の国が踏み躙ったと感じた私は、政府がそんな弱腰なら国民が国家の意思を示すしかないと、同じ志を抱く仲間や石垣の漁師たちと、これまで15回、尖閣海域へ行った。当初は、上陸こそ禁じられていたものの島々に肉迫して漁ができた。
しかし、24年の国有化後、私達漁船が島の1マイル以内に近づこうとすると海保に阻まれるようになった。一方で、中国公船はその内側を遊弋しているのだ。なんという倒錯した光景であろう。一昨年からは、私達の出港さえ認められなくなった。そして、今回である。この対応はどういうことか。「日本の領海」なら、日本の漁師が漁をするのは当然で、それを脅かす外国船がいるなら、日本漁船を守って漁をさせるのが海保の務めではないのか。ところが、中国公船にはアリバイ作り程度に領海外への退去を呼びかけはするものの、実質的には事なかれ対応に終始し、日本漁船を追い払う。悲しいかな、事実上、中国の増長を手助けしているのが海保なのである。命令とはいえ、真に国を思う海上保安官ならやりきれないだろう。
「あそこは、もう日本じゃないよ」。船長が告げる実態を、政府は、国民は、どう受け止めるのか。「主権、領土、領海を守りぬくことは、自由民主党が国民から課せられた使命です」。前日の『尖閣諸島開拓の日式典』に寄せられた、安倍首相のメッセージがむなしい。
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