2016年04月01日

5.17大阪ミニシンポジウム開催決定

予備役ブルーリボンの会 ミニシンポジウム
「拉致被害者救出と自衛隊」

平成28年5月17日(火)18:30〜20:30
於:大阪府議会会館(大阪市中央区谷町2-2-6 Tel 06-6941-9805 地下鉄谷町線・京阪本線天満橋駅下車5分。谷町筋から大手通に入り知事公舎の手前)
参加費 500円(事前申込はありません)

登壇者
葛城奈海(予備役ブルーリボンの会広報部会長・予備三等陸曹)
吉本正弘(予備役ブルーリボンの会幹事・予備三等陸佐)

お問合せ info@yobieki-br.jp

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*クリックすると大きなチラシが表示されます。
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2016年03月09日

拉致被害者救出と自衛隊5の放送

先日の拉致被害者救出と自衛隊 5 シンポジウムが 日本文化チャンネル桜で放送されました。
キャスターは広報部会長の葛城奈海。
〜〜〜〜〜〜〜  チャンネル桜 HPより 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今回は、拉致被害者救出における自衛隊の役割を模索し、世論に喚起すべく、予備役ブル-ーリボンの会が継続して開催しているシンポジウムの第5回(平成28年3月5日)にお-ける提言や、各国による在外国民救出事例の検証などをお送りします。
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2016年03月06日

新DVD 自衛隊による拉致被害者救出を!!

平成28年3月5日に行われたシンポジウム 拉致被害者と自衛隊(5)で公開された新DVDをYouTUBEにUPしました。
拉致被害者を自衛隊で救出するにはどんなハードルがあるのか?
まずはこのビデオを見て自衛隊を使うとした場合の状況を簡単に知っていただきたい。


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2016年02月28日

日本の漁師が漁をできなくなった尖閣の海

28年1月27日 産経新聞「直球&曲球」掲載

いったいこの国に、国土や国民を守る気はあるのだろうか? 先月15日、石垣島の海人たちが、尖閣へ漁に行った。片道170キロの東シナ海を遥々渡って行ったというのに、ただの一匹も魚は釣れなかった。なぜか。尖閣諸島の2マイル(約3700m)以内に近づこうとすると、「日本人の上陸」を警戒する海上保安庁の巡視船やボートに阻まれた。それもあまりに近付くから、漁具を下ろしても魚がかかるはずもない。揚げ句、「中国公船が接近」してきたため逃げるように指示され、空身で帰ってきたのだ。
平成22年の中国漁船衝突事件への政府の対応、特に命懸けで国の尊厳を守った海上保安官たちの崇高な行為を、事なかれ主義の国が踏み躙ったと感じた私は、政府がそんな弱腰なら国民が国家の意思を示すしかないと、同じ志を抱く仲間や石垣の漁師たちと、これまで15回、尖閣海域へ行った。当初は、上陸こそ禁じられていたものの島々に肉迫して漁ができた。
しかし、24年の国有化後、私達漁船が島の1マイル以内に近づこうとすると海保に阻まれるようになった。一方で、中国公船はその内側を遊弋しているのだ。なんという倒錯した光景であろう。一昨年からは、私達の出港さえ認められなくなった。そして、今回である。この対応はどういうことか。「日本の領海」なら、日本の漁師が漁をするのは当然で、それを脅かす外国船がいるなら、日本漁船を守って漁をさせるのが海保の務めではないのか。ところが、中国公船にはアリバイ作り程度に領海外への退去を呼びかけはするものの、実質的には事なかれ対応に終始し、日本漁船を追い払う。悲しいかな、事実上、中国の増長を手助けしているのが海保なのである。命令とはいえ、真に国を思う海上保安官ならやりきれないだろう。
「あそこは、もう日本じゃないよ」。船長が告げる実態を、政府は、国民は、どう受け止めるのか。「主権、領土、領海を守りぬくことは、自由民主党が国民から課せられた使命です」。前日の『尖閣諸島開拓の日式典』に寄せられた、安倍首相のメッセージがむなしい。
posted by RBRA at 06:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 広報部会長 葛城奈海

2016年02月13日

国民意識変えさせた自衛隊の献身性

葛城奈海
2月の初連載の際、予備自衛官補としての訓練を受け、「日本国の一員だと実感できる教育を初めて受けたと感じた」と紹介した。予備自衛官補としての50日間の訓練を経て予備自衛官になると、今度は元自衛官の予備自衛官とともに年5日の訓練を受けるようになる。
2005年春、初めて参加した予備自衛官訓練では、目を疑うような光景が多々繰り広げられていた。
作業帽を阿弥陀に(後下がりで)かぶる、胸元をはだけるなど、予備自衛官補時代には「決してやってはいけない」と厳しく注意されていた「不十分な着こなし」が見られた。時間に遅れて列に加わったり、学科が始まった途端にいびきをかいて眠り出したりするかと思えば、体育科目になると「健康診断でドクターストップがかかったので」と列外に出る古参の予備自衛官が続出する始末だ。
これで本当に、イザというときに国のために役立てるのかと心底心配になった。
当然ながら、訓練所見では思うところを率直に述べさせてもらったが、一方で、こうも感じた。
「やる気のない予備自衛官」を批判するのは簡単だ。だが、かつて、自衛官といえば「税金泥棒」、自衛官の息子といえば「殺人者の息子」呼ばわりされていた時代があった。そんな時代にあっては、「自衛官であることに誇りを持て」という方が酷な話だろう。誇りの持てない自衛官を量産してしまった背景に、国民意識の反映があったことはまず間違いない。
つまり、自衛官が誇りを持てるような世の中をつくることが、国民の側にも求められているのではないか。
こうした観点から見ると、現在はどうだろう。東日本大震災(11年)や、伊豆大島の土砂災害(13年)、御嶽山の噴火(14年)など、災害時における献身的な活動を目の当たりにして、国民の自衛隊に対するまなざしは、概して感謝と尊敬の念に満ちたものに変化してきたように思う。
東日本大震災の発災1週間後、取材に入った宮城県亘理郡山元町で、避難所に暮らす住民の方が「あの緑色を見るだけで安心する」と語っていたのが忘れられない。そうした国民意識に比例するかのように、私を仰天させた前述のような予備自衛官も、今ではほとんど見られなくなった。
しかし、つい先日、海上自衛隊の若き実習幹部が練習艦隊で日本一周したとき、沖縄県・那覇新港で200人規模の「自衛隊帰れデモ」に遭遇したと聞いて驚いた。
いまだに、そちらの方々はかくも健在なのだ。彼らは自らが被災、もしくは、有事の際に命の危機にさらされたら、一体どんな反応をするのだろう。「国民皆が健全な国防意識を持った国」となるには、日本はまだまだ道半ばのようである。
*27/6/24 夕刊フジ 【国防女子の構え】より
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